かのやまさんのblog

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給食の話

 食事のペースがとにかく速く、昼飯はもちろん夕食も15分ほどで平らげてしまう。会話を楽しんだり食事時にくつろいだりということもしないせいでひたすら食べることに専念していることと、噛む回数が少ないことが原因だろう。前者は話し相手がいるときはある程度改善できるし、いなかったとしても食べるのに専念するのはながら食いよりはいいことだろう。良く噛まずに食べることについてはいい加減改善を図らなければならない。最近、おにぎりや冷ご飯を食べていると喉につかえることが多くなってきた。今のままだとモチを喉に詰めて倒れる未来は避けられない。

 いったいいつごろから早飯食いになったのかと思い出してみると、小学生のころはまだそこまででもなかった記憶がある。

 そこまででもなかったどころか給食を食べるのが非常に遅かった。ただこれはゆっくり食べていたというわけではなく、苦手なものが多くて手が進まなかっただけのことではあるが。

 

 昭和50年後半ごろだったのだけれど、そのころの給食のメニューは主食がパン(週2回ご飯)、おかずが2品(煮物や汁物系がメインで焼き魚や揚げ物がサブ)、それに牛乳が一本と、たまにデザートがついてくるという具合だった。デザートはもちろんパン、牛乳、サブのおかずは問題なかったが、メインのおかずが難物でまったく箸が進まない。今は知らないけれどそのころの給食にはグリーンピースがやたらと使われていて、青臭さと食感が…要するに全て受け付けなかった。

 

 それともうひとつ、さやえんどう。当時は三度豆と呼んでいたけど、やっぱり食感と風味が受け付けずほぼ食べられないぐらいの代物だった。グリーンピースと三度豆、どちらかが3回に1回はどちらかが使われているようなメニュー構成だったので食べるのが遅い子供の筆頭になってしまった。当然学校というのは時間割があって、ランチに2時間かけるようなことはない。昼休みや授業中、ひどいときは放課後までかかって食べ終えたりする。夕方に一人で食器を給食室に持って行って給食室のおばちゃんに謝るのだった。

 小学校高学年になると昼休みまでかかって食べるようなこともほぼなくなった。苦手な食べ物を克服したからではなく牛乳でグリーンピースを飲み下すワザを体得したのである。おかげで同年代の子供にしては薬を飲むのが上手な方だった。

 中学になっても給食は続いていたが一年の夏休みに転校することになり弁当を持っていくようになった。早飯になったのは恐らくこの時期になってからだと思う。

 最近大阪市の給食について色々と話題になっていて、そんなこともあって思い出してしまった。こんな話もあるけれど、僕個人としては給食は栄養バランスより味優先で提供してもいいんじゃないかなと思う。食が進むほうが栄養失調の心配もないだろうし…。

 最後に、どうでもいいことだけど今ではグリーンピースもさやえんどうも克服している。

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